演技の「嘘」と「本当」
演劇は、基本的にどんなことでも許される場所です。
ですが、「ケガをしない・ケガをさせない・モノを壊さない」以外にたったひとつだけタブーがあります。
今一度、すべての演技者によく知ってほしい、肝に銘じてほしいことをお話しします。
演劇空間で起こる出来事はすべて「作り物」だが、
そこにある【感情】【衝動】は本物でなければいけない。
筆者は、演技表現において嘘をつくことは「最もやってはいけないこと」であるとの考え方の元、演劇に携わってきました。
嘘=ポーズ・フリ
人の心を動かすものは同じく「人の心」しかありえないのです。
演技方法論を筆者が学び始める前、
「うまくやる」ことにこだわっていた時期がありました。
うまく見せることばかり考えて、
家でセリフを言う練習を繰り返して、
どう動いたらそれらしく見えるだろうかと模索して稽古に臨んでいました。
上手ですね!と褒められることがステータスであるように感じていて、
「うまいね~」と褒められるとより一層セリフの言い方や動き方の練習にのめり込みました。
もし、この文章をお読み下さっている方の中でそのような練習方法をされている方がいらっしゃったら、
「うまいね~」と言われる演技をしたいのか、
舞台上で心を揺さぶって観客の心を揺さぶりたいのか、
もう一度本気で、本当に、考えてください。
『型』の演技のクセがついた後に
そのクセを取り除くためにはおそろしいほどの努力と根気が必要だからです。
今すぐに、
『型』の演技を自分がやってしまっているかどうかチェックしましょう。
『型』の演技では、
嬉しい時には嬉しい風に、怒っている時には怒っている風に、優しいキャラクターはほんわりと優しい風に演技をします。
キャラクターの性格を決めてしまっていませんか?
ここは嬉しいシーンだから笑顔で、とか
ここは悲しいセリフだから泣き顔で、とか
感情を決めて演じてしまっていませんか?
「このキャラクターは優しい性格で自分とは違うので、・・・」
優しい人はいつでも穏やかで笑顔、厳しい人はいつでも怒った風の口調?
優しい人だって取り乱して声を荒げることだってあります。
厳しい人だってご機嫌な時があるはずです。
「ここで、このキャラクターはこんな感情になるから、・・・」
「ここはこういうシーンなのでこうした方がいいかな、・・・」
日常生活で、感情を先取りすることなんてあるのでしょうか。
日常生活で、紙に書いてある【セリフ】を元に会話することなんてあるのでしょうか。
「席を立つ」と書いてあったから席を立つことなんてあるのでしょうか。
これらはすべて『紋切型』の演技でよくあるケースです。
(紋切型=型にはまったパターン化された演技のこと)
いや、
自分はちゃんと心動いている!
ちゃんと自分の心が動いたから、
演技できている!
と思っている方、
本当に、心は動いていますか?
心動いているはずだと、
そう思いたいだけじゃありませんか?
心を動かそうだとか舞台上で思ってしまっていませんか?
演劇の中で嘘をつかない
ということは、観客席に対してだけじゃないんです。
演出家に対してだけじゃないんです。
共演者に対してだけじゃないんです。
自分に対しても嘘をついちゃいけないんです。
ちなみに、演技で嘘をついている人ほど嘘をついている自覚が無い・薄いです。
演技で嘘をつかない人は、嘘をつく哀しさをよく知っています。
演技で嘘をつくことがいかに無意味でつまらなくて結局のところ保身にしか過ぎないことをよくよく知っています。
なによりも嘘をつくことがこわいんです。
演技プランを遂行できるかどうかよりもセリフをちゃんと出せるかどうかよりも演出家に褒められるかどうかよりも目立てるかどうかよりも
なによりも嘘をつくことがこわいんです。
嘘をつくことがこわいから、絶対に
たったひとつの行動でもセリフでも、たった一瞬でも
嘘をつきたくないから、
「物語の中で生きていられるように」準備をするのです。
演劇の世界はすべて作り物です。
舞台セットも、戯曲の中で起こる出来事も、作り物です。
キャラクターも、実在しないことが多いですしキャストはキャラクターとは別の人生を歩んできた別人格の人間です。
すべてが作り物で嘘だからこそ、嘘の中に本物(本当のこと・もの)が必要なんです。
すべての演技者に安易に嘘をついてほしくない。
もう誰も嘘をつかないでほしい。
この祈りがすべての演劇人の元へ届きますように。