優しい人についての持論
優しい人は強くてカッコいい人
「優しい」って、
いつも表情が柔和で誰かが苦しんでいるときに共感してくれる人
褒めるところがないときにとりあえずそう言っとく言葉みたいな印象がありませんか?
世間一般ではそんな印象がありそうだと思っています。
演劇で優しい人を演じようとすると大抵の場合一歩引いてニコニコしている・・そのような感じに終始するのは日常の光景です。
ですが、優しい人は
世の中の現状を見て動かざるを得ない人
なのではないでしょうか。
いつもテキパキして意見があったらはっきり発言する厳しそうに見える人が
救いをくださる
ふんわりゆるゆるニコニコして優しそうな人のほうがSOSに反応しないで動かない光景を数多く見てきました。
「なんでもいいです〜」
に困ったことがある人は少なくないのではないでしょうか?
「これ食べたい」「こうしたい」「ああしたい」と言ってくれたほうが嬉しいんだ・・!
「なんでもいい」は言い換えれば「どうでもいい」ってことなのでしょう。
こちらの意見を尊重してくれる合わせてくれるのは、例えばどうしてもお寿司が食べたい気分の日なら嬉しいんですけど、いつも何を聞いてもその調子だとだんだん悲しくなってくるんですよね。
その後何をするかや何を食べるかのイベントにたどり着くまでのこのプロセス!
みんなで意見を出して決めていくプロセスから楽しいのに・・!
「どうしたい?」「何食べたい?」って、本当に回答を欲しているから出る質問なんです。
だって、お寿司を食べたいおなかになっていたら「お寿司食べに行かない?」って誘いますもん(笑)
一緒に決めたらもっと素敵なことが起きそうって思ったから訊いてるんです。
他人事だから協力しようとしないわけです。
その場をなんとなくやり過ごそうとする姿勢は優しいでしょうか?
優しさは行動です
優しい人は今の世の中の現状を、本気でなんとかしたいと思って日夜動いています。
みんなと幸せになりたいと願っています。
何を言うかじゃない、何をするかだ
「いいですね」「また行きます」・・聴き心地の良い言葉ですが、協力と実行の伴わない言葉には何の意味もありません。
意見を出すことや実際に来ることに意味があります。