
ENTRY ACTは安全地帯(セーフティーゾーン)として演劇を扱っています
演劇は心の安全地帯
ENTRY ACTの演劇に足をお運びいただいたすべてのみなさまにこれをお約束します。
演劇は本来フラットな場所で、性別も国籍も育ちも職業も関係なく楽しめるものです。「性別がこうだから云々」「職業がこうだから云々」「年齢がこうだから云々」・・・そういった、枠にはめ込むようなことは一切ありません。
悲しいことに、そのはずの演劇でも自身を構成する1パーツによって「悪意を向けられ」たり「一方的な欲望を押し付けられ」て苦しい思いをされている方もおられます。差別や偏見を受けたり、被害に遭う方がおられるという話はよく耳に入ります。
わたしたちはみんな、対等なヒューマンです。
性別の前に、職業の前に、一個人として価値のある人間です。
演劇の講師という立場を使って加害をしたり、洗脳のようなことをして参加者をコントロールしようとする人がいるという現実に対してENTRY ACTは真っ向から戦う所存です。
演劇は、感情を取り扱う性質+ファシリテーターが大体の場合1人体制である故にマインドコントロールが起こりやすい体質と言えます。(ずっと気づいてはいましたが言葉にするのはなかなかの勇気が要りました・・でもそろそろ言葉にしないと大切な人を守れないので、はっきり申し上げます)
「先生、すごい!」はわたし自身も言われてしまったことがある言葉です。そんな時にわたしは、「あ、よくないな〜やばいな〜」と思って自身の行いを猛反省していました。仕事仲間に、どうすればいいだろうかと相談していました。
なぜかと言うと、すごいと思われたくてこの仕事をしているわけではなくて、参加者のみなさんが「自分はやればできる!」と思える場所づくりをしたくてこの仕事をしているからです。もっと言うと、「今日の参加者のみなさんがいい人たちだから楽しめました!」とか褒め合いの文化(「◯◯さんのこういう表現がおもしろいよね!」とか「◯◯さんがこうしてくれたからやりやすかった」とか)が最高だと考えていて、それが生まれやすいように空間づくりをやっています。
先生が「私は有名な俳優の誰某と友だちで〜・・」などという自分アゲの発言や「あなたの真実の感情が私には見えているよ」的な、なに?あなたは超能力者なの?みたいな発言はすべきではない。これらの発言はすべて「自分はすごい人です」と見せたくてたまらない自己顕示や承認欲からくるものだからです。演劇の教えでは、演劇を自己愛に使うな!と言う言葉があります。だから、セルフティーアップやカウンセラーのようなことを言ってくる先生は演劇の教えから大きく外れています。経歴があっても、その発言があった時点で演劇の先生ではありません。
自分の自信のなさを演劇に参加者に当て擦るんじゃないよ、ということです。
大切なことなのでもう一度言います。
わたしたちはみんな、対等なヒューマンです。
性別の前に、職業の前に、一個人として価値のある人間です。
性別や年齢や職業はその人を構成するパーツではあるけど、ただそれだけです。性別がこうだからといって「あなたってこうでしょ?」と決めつけられる云われは一切ないですし、例えばわたしは女性というジェンダーを持っていますが「女性だから自衛しなきゃいけないよ」と言われていやいやおかしいでしょと、わたしは女性である前に意志を持つ人間なんですよ、と。
この窮屈さに対して折り合いをつける時代はもう終わりました。
対等なヒューマンとして、その人の持つ個性を最大値で活かし合う時代がやってきます。
演劇はそれを全員が体験できるものなんです。
これも繰り返しになってしまいますが、そんな演劇の場で・・外では傷つけられたとか悲しい気持ちにさせられたり先生だけを礼賛する異様な雰囲気だったり、それが現実です。
でもどうかわかっていただきたい。
演劇は本来、心の安全地帯として社会の役割を担っている分野です。